2006年02月19日

大河ドラマ 功名が辻 第七回 2006年2月19日放送 あらすじ&レビュー

第七回 妻の覚悟
妻達は座を囲み光秀の噂話をする。一豊は槍一筋のもののふの汗の匂いが似合うと言われ、千代もにっこり頷いて満足気。
新右衛門の息子徳次郎は幼いが少しばかり乱暴者だった。ある日千代は徳次郎が女の子を泣かせているのを見かける。その子は光秀の三女、玉子(後の細川ガラシア夫人)だった。































信長は少数の部下を連れて、六角に対する陣の途中にある小谷の長政を訪れる。長政は義兄弟の信長に信が篤かったが、長政の父久政はまだ朝倉とつながっており、長政の家臣にも信長を快く思っていない者が多い。
お市は一豊を呼び、千代に内掛けを作って欲しい、生きて戻れたら必ず伝えるようにと頼む。忍びの六平太は一豊に、浅井に不穏な動きがあると伝える。
長政は一部の家臣たちに、信長のいぬ間に岐阜に攻め込むことを勧める。だが長政は義兄弟の寝首を欠くなど出来ないと言い、家来達を退ける。その夜は何事も無く、信長は翌朝浅井の軍勢を引き連れて今日を目指し出発する。一豊には浅井への不信感が残った。
信長軍は、途中六角勢の十八の城をなぎ倒し、すさまじい勢いで京に入った。
その頃岐阜では、新右衛門の妻ふねが倒れる。流産で大量の血を流したふねは、医者にも手の施しようがない状態になってしまっていた。ふねは千代に、新右衛門には戦から戻るまで自分の死を知らせないように頼み、子供達に遺言を残して亡くなった。
義昭は信長の後ろ盾で征夷大将軍に任命される。その礼に信長に何か地位を授けたいというが、信長は副将軍の地位も断り、堺大津に代官を置くことを要請する。信長は「商いをする大名」になったのである。
一豊達が岐阜に帰ってきた。母の死に千代にも乱暴に接する徳次郎を、新右衛門は成敗すると斬り捨てようとする。吉衛門は新右衛門がどれほど家族を思っていたのかを聞かせるが、徳次郎は謝る一豊にまで「許さぬ」と言う。千代は斬られそうになる徳次郎を逃がす。
雨の降りしきる中、山内家の者達は総出で徳次郎を探す。千代は一人で山に入り、洞穴の中で倒れている徳次郎を見つける。熱を出してうなされている徳次郎に、千代は口移しで汁を与え、一生懸命看病する。翌朝起きた徳次郎は、素直な子供に戻っていた。
再び京へと向かう日一豊は新右衛門に残れと言うが、千代はふねの気持ちを伝え「みんな死んではなりません」と言って全員を送り出す。
雪が降りしきる中、残った千代達は、ふねの霊をあつく弔うのだった。


レビュー
お市の夫長政が信長と袂を分かつ直前までを描いた今回。徳次郎という子供により、お市との共時性がしっかりと保たれ、余白の余情を忍び描いている。千代には妻として誠の確かさと人として格の高さを持たせた。登場そうそうふねが死んでしまったのは残念かつセンセーショナルであったが、この物語で初めての死という意味ではこの順番なのだろうか。これをきっかけに、家内の結束はますます固くなり、これからも長い戦乱が続くが是非とも心に留めておかねば・・という回となった。


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posted by 綾悦 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 2006年第1期ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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