2006年02月26日

大河ドラマ 功名が辻 第八回 2006年2月26日放送 あらすじ&レビュー 2006年第1期ドラマ

第八回 命懸けの功名
1570年春。将軍足利義昭に不穏な動きがあるとのしらせが秀吉の元に届く。秀吉からそれを聞いた光秀は、信長を見くびってはならない、火遊びはほどほどにして今は赤子のように信長様の手に抱かれている方がいい。と義昭に言うのだが義昭は、「事と次第によってはそちの手で信長を殺せ。」と言う。































京の女を夢中で見ている新一郎。「明日の命をもしれぬこの乱世、女房こそが生きるよすがなのじゃ。」と一豊は教える。
信長は、京へ戻り、義昭の名で、諸国の大名を招いて能や茶会を開く。一豊には三河の徳川家康へ向けて書状を運ぶ任が。途中我が家に戻った一豊は、お守りとして千代と同じ手ぬぐいを手首に結んでもらう。「戦場で危うくなられた時は、私を思い出して下さいませ。暑い日は、汗を拭いて下さいませ。怪我をしたらこれで血を止めて下さいませ。私がお世話をしているとお思いになって・・・。」千代は一豊を見つめて言う。
義昭らを招いた能・茶会は滞りなく終わった。四月に信長は京を発ち、電光石火の朝倉攻めを開始する。いよいよ戦場だと意気上がる一豊たち。
浅井家では信長の動きに、お市と茶々を岐阜に返して信長を倒すべきだとの意見が湧き上がる。千代からお市の身が危ないと聞いた六平太はお市に信長の動向を知らせる。お市は長政に、生まれてくる子の為にも兄との戦は止めて欲しいと頼み、自分は長政の妻だから、小谷を離れるつもりはないと言う。
四月二十五日、信長は手筒山城を数時間で落とし、翌二十六日、金ヶ崎城に攻め寄せた。一豊はまだ功名をあげられず焦りがつのるが、金ヶ崎城では朝倉氏が降伏、開城することに。「城の受け渡しは古来穏やかに済んだ試しはない。戦になるのでは。」と半兵衛が言った通り、翌日朝倉の兵隊は火縄に火を点けたまま城を出てくる。しんがりにいたのは三段崎勘右衛門だ。新一郎は主君に功名を上げさせようと敵方を挑発し、両軍の間で戦いが始まった。勘右衛門にまっすぐ向かっていった一豊だが、放たれた矢が一豊の頬を貫く。それでもひるむことなく勘右衛門と組み合った一豊は、崖から転がり降りるようにして勘右衛門を討ち取る。満身創痍になって信長よりようやく格別の恩寵を賜った一豊だが、お市の陣中見舞いから撤退を決意した信長のしんがりとして名乗り出た秀吉と共に、決死の覚悟で戦場に残る。
虫のしらせを受けた千代は一豊を思ってただひたすら祈るばかりだった。



レビュー
「功名即ち命懸け」という大変な明日なき世界。「聖なるもの」が「俗なるもの」に変わる、城の明け渡しのシーンが印象的だ。歴史的事実の影にこんな物語があったのか、矜持を正して見てしまった。で、洋式の戦術に馴染めない一豊がどこか天真爛漫に見えてしまい、どこかしら清らかな風が吹いている。お市の心の起伏描写が抑えられ、青い空の下、小さな石の如き動乱が、大きな一つの波を立てる予感を醸し出すように写し出されており、一豊の人生が転回する意味も含んだ回となっている。


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posted by 綾悦 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 2006年第1期ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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